いまさらながら2
2007年07月30日

ブログアップ。
いやー久しぶりだー。だいぶ怠けてしまった。
何人かに「更新してしてないね?」って言われてしまった

最近PCもあまり立ち上げていないんだけど、あげても別のことやっているもんだから、だいぶ怠けてしまったな。
「南風」が終わってから、書くことから離れている。
さて、昨日は久しぶりの「ティーチャのパラソル
」暑い中だったが、たくさんの人が来てくれた。
ありがとうございました。差し入れもありがとうございました。
具志川は、凄い!
それにしてもリスナー層が幅広いな。
遅れましたが、取り急ぎお礼まで。(矛盾している
)今さらながら
2007年07月17日

高校野球の決勝戦に行ってきた。
雨が降りだすと同時にゲームも白熱。
緊張の糸が切れそうできれないピリピリした闘いだった。
残念だったのは最後まで放送ができなかったこと。あと2分あれば・・・。
きょうは会議でも、その議題が上がった。
ほんとにいい試合だっただけに残念。
仕事でも仕事でなくても毎年のように高校野球の決勝戦
は、観に行っている。最近思うのは応援の盛り上がりが変わってきていることだ。
鳴り物が多くなり、揃った応援が見られるほうになった。
放送しててモニターの自分のラジオが聴けないくらいの音が出たりする。
我が母校、我が息子を甲子園への想いがひしひしと伝わってくる。
引き分け再試合。コザ対石川以来の32年ぶりだそうだ。
なんと僕はその頃コザ高の一年生だった。32年ってでーじヘコむ

両チームは昨日からどんな思い出過ごしているかな。
明日も両チームとも頑張って欲しい。
行ってきました
2007年07月14日

スタバ。
台風の日。僕と同じ停電難民と思われる人が何人か読書をしていた。
今時停電なんて・・と思うけど高台にあるせいか我が家は台風の度に被害にあっている気がする。
まぁ蝋燭の炎の中で味わうボンカレーもおつなものです。
冷蔵庫を嫁さんがあけさせてくれなかったので、朝トースト、昼ラーメン、夜インスタントカレーと見事なラインナップだった。
我が家族は僕以外は出不精なようで、なかなか外出しない。暑い家の中にいるよりは涼しいとこでコーヒーでもと思うのだが、
難儀だそうだ

11時半頃、次はマックかなと思っていたら娘がメールがきて「電気がついた」とのこと。
12時前に帰宅。やれやれやっとシャワーも浴びられた

しかしPCを立ち上げる元気もなく、そのまま就寝。
今朝、町中を走ったらすごい木々の残骸が・・・。
久しぶりに大きな台風をあらためて実感。
みなさんのとこは大丈夫でしたか?
携帯って
2007年07月13日
改めて素晴らしい。会社から帰ってかたら、まだ停電してる。今朝8時頃からだ。だいたいちょっと大きな台風だと停電するんだな。高台にあるからかな。でもすぐ横のマンションからはついてるんだよな。ちょっと悔しい。いやだいぶ悔しい。
本当に携帯ってすごい。停電でもブログが書ける。
スタバに避難かな。
御礼
2007年07月11日

祝杯
きょう行なわれた民放ラジオの番組コンクール・日本民間放送連盟の九州沖縄地区審査会で
「ティーサージパラダイス」が生ワイド部門で優秀賞を受賞した。
最優秀に続く2位だが、名誉ある賞だ。
特に嬉しかったのは、あの亀淵さん(ニッポン放送の元社長で伝説のDJ)に誉めら得たこと。
これもすべてリスナーのみなさんの面白メールのおかげ。
ほんとにリスナーの皆さんありがとう。
血が騒ぐ
2007年07月10日

一日ずれたけど、きのうかきだめしを観てきた。
かなりの人と熱気に驚き。
沖縄は空手が盛んとあってレベルも高いようだ。
迫力の中に笑いもあって面白かった。
ゴージャスなラウンドガールもいて、これまた楽し。

試合が終わってから、那覇の日のイベントを観にいった(先日も来ているのに・・)
ちょうど杉子姉さんとバイロンのステージが展開されていて、変わった組み合わせながら楽しめた。
そのあと、ステージ横のテントでビール片手につまみを片手に楽しんだ。
おつまみとそばが最高だった。そばに入っている豚は、石垣で自由に育っている放牧豚とうことだったが、
肉が意外に軟らかくておいしかった。
向かいに座ったおばあちゃんが、「うまいうまい」と喜んでいた。
飲んでいると、ちょこちょこと知っている人が増えて楽しく飲むことができた。
ビールを買いにいったら、アキ竹城じゃなくて当間武三さんが一日店長でビールを売っていたので驚いた。
向こうも、かなりラフな僕をみて驚いていたが・・・

怪しげな
2007年07月08日

きょうは那覇の日らしい(7月8日語呂合わせ)
昨日は、その前夜祭があって、屋外で映画の上映会があるというので観てきた。
屋外での映画って、かなり久しぶりだ。
映画は「フラガールズ」
評判のいい映画だったのもあるけど、野外上映という言葉に惹かれた。いい雰囲気だった。
映画の音に交じって救急車のサイレンやクラクションの音、人の叫び声などが一緒になって
野外ならではの雰囲気が味わえた。
スクリーンも風が強くふくと揺れたりするので、スクリーンの中の人が時々ユラユラしたりして面白かった。

以前は、沖縄にはドライブシアターがあったので野外での映画の経験者は多いと思うのだが、僕はそんなロマンチック
な思い出ではなくて中学生の頃校庭で観た映画を思い出した(体育館がなかったな
)内容はシンナー撲滅みたいな堅い内容だったけど、当時はうちの島では簡単にシンナーが手に入らなかったので
よけいな心配だなーと思いながら観ていた

それと、島に時々きていた沖縄芝居の一行を思い出した。
一週間ほど島に滞在して公民館で上演していた芝居は、子供心に面白かった。
内容は全く覚えていないのだが、楽しかった印象だけが残っている。
あの沖縄芝居の娯楽っていつの頃まで続いていたのだろうか。
鹿児島雑感
2007年07月04日

ほぼ20年振りの鹿児島。
空港に着くとあいにくの空模様で低い雲が広がっていた。
機上から見下ろした茶畑も薄汚れたカーペットのようにみえ、気流の乱れも相まってちょっと重い気持ちになった。
鹿児島には、4つ年の離れた妹が住んでいる。
数年前までは沖縄に住んでいたのだが、義弟の仕事の都合で彼のふるさとの鹿児島に帰った。
「空港に迎えに行くよ」という妹の誘いを断ってバスに乗ることにした。
妹のところから往復で3時間もかかるという。
空港を出てから小さな町をいくつか過ぎて、田んぼを見飽きた頃に山の中に入っていった。
行けども行けども山ばかり。ポツンポツンと民家が点在する。
妹はこんな山の中に嫁いだのか・・・山の深さと比例するように自分の気持ちも深く沈んでいった。
妹は4人兄弟の3番目として生まれ、どっちかといえば兄弟の中でも目立たずに育った。
特に大きな問題をおこして親や兄弟に面倒をかけることもなかった。
僕が自分の青春ばかりを見て生きているうちに、妹は大人になり、気が付けば結婚をしていた。
そして仕事と家庭に追われているうちに、妹は鹿児島に移り住んでいた。
今更ながら兄としての自分に問いかけずにはいられなかった。
2時間ほどバスに揺られて、ようやく妹の住む町に到着した。
田舎が悪いというわけだはないが、思ったよりは都会で少しホッした。
数年振りに会う妹は元気そうだった。
おいしい料理でもてなしてくれた。
移り住んでからビールを覚えたようで、一緒に飲んだ。
二人の子供のうち、一人は進学のためにすでに家を出た。
来年には、もう一人が出て行く。
こんな遠いところで、妹は義弟と二人で生きていくのだろうか。
沖縄とは違う、と愚痴めいたセリフも聞いた。
どうしても、マイナス思考で考えてしまう。
実際には共に生きてくれる旦那がいる、それで良しなんだろうけど。
親や兄弟が近くに住む幸せ、当たり前のことのようで気づきにくい。
翌日、港まで送ってくれた妹に別れを告げたとき、小さな背中がますます小さくみえてしょうがなかった。
お誕生日
2007年07月03日

ラジオ沖縄が47才になった。
自分が勤める会社なのでもちろんなのだが、自分とほぼ同じ年なので更に親近感が湧く。
もうすぐ半世紀、自分の人生とかぶるな。これからどう向かうのか。
きのう、リスナーから会社に電話があった。教えて欲しい曲があるそうだ。
岩井氏や美香、貴子ちゃんらと一緒にやっていた「へのへのうしし」の一コーナー、ラブアタックで使用されていた曲名が知りたいとのこと。
このコーナーは、留守番電話に自分の好きな子へのメッセージを残すものでBGM
と一緒に紹介していた。留守電のコーナーはかなりの人気コーナーで、多い時は120分テープが5本もあった。
その編集は、ほんとに大変だったが面白くてやりがいがあった。
使用していた曲は、リチャードマークスの「ライトヒアウェイティング」。当時から問い合わせは多かった。
曲目を教えたあたで、「どうして今頃?」って尋ねたら「今度結婚するんでその披露宴で使用したい」とのことだった。
僕たちが放送してきた番組は、当時中学生だった子が、大人になって結婚する年頃になっても、ちゃんと心に残っていた。
電話で話しながらうれしさで声が詰まった。
夜、会社で創立記念日の残りものを数人で食べていたら、スタッフの嫁さんが旦那を迎えに来た。
二人とも「へのへのうしし」のリスナーだった。
二人にはもう子供いるし

僕も年もとるわけだが、ちゃんと歴史は作られている。



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