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連日、アンケー島やテーマを考えてる自称忙しい人間です。
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ちゃーグワァー

2006年04月25日

ちゃーグワァー
4月も終わりだというのに、夕方の風はまだ冷たい。仕事帰りのかりゆしウェアーのサラリーマンが寒そうだった。白いシャツで黒いブラが目立っていた女性も寒そうだった。それを、見てる自分はもっと寒いガ-ン
こんな時は、お茶が一番だ。

風が冷たかったり、風が強くて木々がざわざわと揺れる日の島は、とても寂しかった。離島のそのまた離島。ウルトラマンも仮面ライダーも、ドリフも観ることのできない島が嫌だった。大人になるまで動いているウルトラマンを観ることができるとは思っていなかったが、人生はどう転がるかわからない、中3にあがる時、父の仕事の都合で島を離れることになった。
故郷を離れる連絡船の中から島を見送っていると、予想もしなかった寂しさがこみあげてきた。

高校、大学、社会人と島を離れてから、年月が重なるごとに、島が好きになっていった。

人は故郷を想うとき、海や山や空といった自然にその想いを重ねるかもしれない。あるいは、友やじいちゃん、ばあちゃんかもしれない。または歌だったりする時もあるかもしれない。そうすることで、故郷への想いを更に深めていく。

4月25日は、僕にとってどうしても故郷の島を思い出さずにはいられない日となった。
僕が島への想いを重ねていったものは、不謹慎ながら好きだった女の子である。
小さな学校だったのに、小学校時代はまったく見かけた記憶がなかった。中1になったある日、彼女は僕の目の前に現れ、僕の思春期がはじまった。それから、島を去るまでの2年間、僕は彼女だけを見て、毎日をふわふわした気持ちで生きていた気がする。
これまで長い間生きていた中のほんのわずかな2年間ではあったが、いくつになって大切な2年間になっていて、思い出すたびに、島への想いが強くなっていた。
そして、いつの間にか島と彼女への想いは、一緒になり、重なりあって、どちらを思い出してもせつなくなっていた。

十四年前の4月25日、彼女が亡くなった。独身のまま33歳で死んでいった。
人生のまだ上り坂の途中、小さな島で旅立たないといけなかった彼女の悔しさや悲しさを想うと
胸が詰まる。
十四年前の今日、島は風がふいていたのだろうか?
4月25日、風が冷たかったり、木々が揺れるほど風が強いと、悲しくなる。
十四年前の4月25日が穏やかな日であったことを願わないではいられない。

おじいちゃんが死に、おばあちゃんが死に、島へ帰る機会が減った。島への思いは宙ブラリンのまま
である。

人は、人が死ぬと、いつかまた、あの世なりで会えると、心のどこかで想っている。そう信じたい。
でも、いつかそれは、かなわぬことだと知る。泣いても叫んでも、神様にお願いしても、どんなことをしても、世の中にはどうにもならないことがあることを知る。そして、悲しみを深くする。

きょうは、一年前に列車の事故で多くの人が犠牲になった。その何倍もの遺族の方の想いはどんなものか、計り知れない。



Posted by へのうし at 22:25│Comments(7)
この記事へのコメント
へのうしDさん、こんばんは。
上手く言えませんが、亡くなって14年経った今でも、彼女を思い出す・・・。それだけで、彼女は幸せだと思います。
Posted by ゆき at 2006年04月25日 22:48
なんとも物悲しいですね。
ゆきさんも書いているように、10年以上も想っていることだけで彼女は幸せだと想います。
今は彼女の分もへのうしさんが楽しい人生を送る事が大事なんではないでしょうか。
Posted by びど at 2006年04月25日 23:45
島は大好きだけど、島の大人が大嫌いだった少年時代の俺でした。そんな俺も今、地域の区長さんを引き受け、もっと島を大好きになりたいと思ってるとこです。幸いにも、かみさんや子供達は俺以上に島を大好きで、誇りにしている様子。島の人達や周りの環境も、俺が少年の頃の理想の姿に少しずつ変化していってるのに、今更になって、あの時代に戻って欲しいなぁーと、わがままな年を重ねています。Dさん!ラジオ沖縄大好きです。隆太郎もようやく消化できるようになりました。彼に佐野元春の「Im in blue」をリクエストして下さい。確か吉川君もリスペクトしてたはず。
Posted by NALU at 2006年04月26日 00:35
へのうしさん こんばんは。

ゆきさん、びどさんのコメント。まったくの同感デス。
彼女は幸せだと思います。又彼女も
へのうしさんのその気持ちに
きっと嬉しく思っているにちがいありません。
彼女へのその気持ち 大切にしてください。

十四年前の今日もきっと、穏やかな天気だったと思いますよ。
今日だってポカポカ陽気で、気持ちいい天気だったじゃないですか。

来年も、又 さ来年も ずっとずっと 4月25日という日が穏やかな天気であり続くよう。。。願ってます。
Posted by まっちゃんさくら at 2006年04月26日 00:41
テレビを見てると、「亡くなった人」の言葉を使って、相談者を勇気付けている人がいました。
彼の言う「オーラ」だの「霊」だのは本当なのかどうなのかわからないけれど、人はドラマを作りながら、ドラマの中で生きています。時には「亡くなった人のドラマ」にも支えられながら。
「古い街」はいい街って言いますが、「この街は古いからいいのでは無く、たくさんの人が死んだ街だから、いいんだ。」と言ってた人がいました。「ドラマ」をたくさん持っている街って事なのでしょう。
沖縄の人は「亡くなった人のドラマ」を大切にしているのが好きです。或いは「亡くなってもドラマのキャストから外さない」って言い方の方が合っているかも知れませんね。

「ドラマ」といえば、ラジオからもたくさんの「ドラマ」を頂いています。へのうしDさんにも色々な「ドラマ」を頂いてますよね。
人は死んでも「ドラマ」は残るはず。頑張って「ドラマ」を紡いでいたいですね。
Posted by ありんくりん at 2006年04月26日 01:07
こんにちは。
今、我家では「ちゅらさん」を1から観なおしています。小浜島で和也くんが亡くなったシーンでは和也君の母親の気持ちになっていました。自分の子がこの年で亡くなったら、明日からどんな気持ちで生きていくんだろう?って。でも人は必ず亡くなります。早かれ遅かれ必ず。でもその時悲しんでくれる人が一人でもいたら、とても幸せだと思います。何年たっても思い出してもらえる彼女は、幸せですよ。彼女は、へのうしさんの記憶に残るという使命を果たして亡くなられたんじゃないでしょうか?
うまく言葉にできないですけど、私も誰かの記憶に残り、なくなってからも思い出してもらえるような人生にしたいな・・・と、思いました。
Posted by イグアナの母 at 2006年04月26日 11:37
みなさんへ
コメントしにくい書き込みだったと思いますが、たくさんの言葉を頂きありがとうございました。
みなさんの優しさに感謝します。
ありんくりんさんが言うように、これからもラジオを通じてみなさんと一緒に楽しいドラマが紡いでいけたらと思っています。
Posted by へのうし at 2006年04月26日 16:28
 
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