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残してくれたもの

2006年05月11日

きのうから、このブログへの書き込みや番組へたくさんの哀悼の言葉を頂きありがとうございます。
改めて彼の大きさを知る思いでした。

僕は、中学生や高校生を相手にしたいわゆるヤング番組を長い間担当していました。
その頃、番組の顔であるDJに対して言う言葉がありました。
「ヤング番組の素晴らしさはリスナーの子供たちの歴史になれる」ということです。
人生の中で最も多感で密度の濃い数年間を共にすごして、笑い、悩み、泣けるからです。
そして、時には友達以上、親以上のパートナーに成り得るからです。

昨日今日、このことをホントに実感しました。
彼はみなさんの歴史の一部としてちゃんと生きているのですね。

彼のメッセージには、他の人がまねることのできない重みがありました。
彼は20年以上もパーソナリティーとしての仕事を続けてきましたが、元気な体でしゃべれたのは、ほんの数年です。それ以外の20年は病と戦いながらのしゃべりでした。
2日に一日は病院へ通い、そのほぼ丸一日はベッドの上で過ごす生活でした。
そんな体で、そういう素振りもみせずにラジオの前のみんなにメッセージを送っていたのです。
3、4年の命と言われながら20年以上も痛みに耐えて頑張っていました。
僕と一緒にやっている間は、ラジオの中では、頑固に病気についてふれませんでした。
「ラジオを聴いている人に暗い思いをさせるのは嫌さーね」と彼は笑って話していました。

わがままとか怒りやすいとかいろいろ言われたりもしましたが、そんな生活を20年も続けていて
まともな精神状態を保つ自信は僕にはありません。

去年まで一緒にやっていた番組が彼との最後の番組となりました。
その番組が始まる前、彼が言いました。「もう病気のことラジオで話していいかな?」と。
「どうして?」って聞いたら
「疲れたよ。今のありのままをしゃべりたい。それで同じように病気で苦しんでいる人にこんな僕でも頑張って生きていることを伝えたい」と話していました。
自分はボロボロの体のだったのに・・・彼はその数ヶ月後倒れました。

彼が僕と会うときの口癖は「面白い番組作ろうなー」でした。
この数年はやつれていく彼をみながら生返事しかできず、残念な思いをしていました。
でも、彼の精神やしゃべりは、岩井君をはじめひーぷーら多くの後輩に引き継がれています。
そして多くのリスナーのみなさんの一部となって残りこれからも生き続けていきます。

残った者は、面白い番組作るためにこれからもバチミカシテいかないとね。






Posted by へのうし at 23:26│Comments(7)
この記事へのコメント
バチミカス

そうですね!バチミカシテ行きましょうね!

今日の番組を聴いてて、同じ様なリスナー仲間がいる事がホントに良くわかりました。

自分のあの頃、意味も無く勢いがあった頃を思い出し、あの気持ちをもう一度、一番前に出してみようやっさーって思いました!

わーもバチミカシテ行きますよ~!
Posted by 高根のどぅし at 2006年05月11日 23:43
つい先日、チャットLのホームページのチャットルームで、数名のリスナーさんと、チャットLと、みぃかぁの話になり、「みぃかぁには、ずっとがんばってほしいなぁ~?自分の子供達がリスナーになる頃まで。。。」と言う、会話をしてました。
パラソルに連れて行ってからは、「おかあさんのラジオのお友達、名前、なんだった?」なんて言ってますよ!(笑)
これからも、面白い番組を作り続けて下さい。
私も、リスナーの小さな力ですけど、少しでも番組を盛り上げる為に、いっぱい、いっぱい投稿します。
Posted by 三匹のぴよこ at 2006年05月12日 00:17
すいませんDさん。「試験だから」と、勝手な理由でティーパラ、チャット聴いてませんでしたが、さすがに今日は聴いてましたよ。
今日のひーぷーさん、本当は泣きたいのを“プロだから泣かん!”って思っていたんでしょうね。俺は事務所で涙ウルウルーしながら聴いていました。
俺らリスナーは、パーソナリティが病気と闘っている、本当は苦しんでいるとかって、わかりません。きっと高良茂さんは、「夢を売る職業だから、苦しんでいる姿をリスナーには感じさせたくない」と思っていたのでしょうね。9年ぐらい前でしょうか!?山城ともじさんの兄!?ファニーズのたつきさんが亡くなった時も悲しかったです。その時は追悼番組OTVでやっていましたね。高良茂さんの声、もう一度聴きたいですね。あ、「ともぶんのネーネー」
採用有難うございました。姉もそーとー悲しんでいました。今度このブログ教えておきますね。茂さんが、本当は以前から体はボロボロなのに、リスナーの為に笑ってくれていた事、教えてあげなきゃね!
Posted by ともぶん at 2006年05月12日 00:35
涙が止まりませんでした。こんなにも長い間、病と闘っていたなんて・・・。 そんな事全く感じさせず、いつも明るく優しく、たくさんのリスナーにメッセージを送り続けていたんですね。余命3、4年と宣告されながらも20年以上頑張って来れたのは、この仕事があったから、この仕事をほんとに愛してたからなんでしょうね。      いっぱいいっぱい強く生きたんだね。       いっぱいいっぱい頑張ったから、神様が『もう頑張らなくていいよ』って痛みや苦しみの無い場所へと旅立たせたのでしょうね。  高良 茂というかっこ良く素晴らしい男がいたと言う事を彼に影響を受けた多くの人々の胸に刻まれて、それぞれの胸の中でずっと生き続けて行くのだと思いました。高良さんの遺言とも取れる『面白い番組作ろう』を胸に、これからも頑張って下さい。
私も応援してます(^_^)/~
Posted by マドモアゼル愛 at 2006年05月12日 03:46
サムライのように、筋が通っていて、人に対して いつも愛がある。 こんなに素晴らしい方のラジオ番組を知らないことが本当に悔しい、残念に思います。 人の死が、訪れたとき、ショックを受けます…衝撃を受けます…。改めて、生きるということについて、考えさせられます。自分の生き方は、こんなぁ〜で、いいのか?とか…。私も、サムライウ〜マンには、なれなくても、それに近づけるように、頑張りたい! 人に対していつも愛を持ちたい! って、思いました。高良茂さん、大切なことを教えてくれて、ありがとうございます。 サムライウ〜マンめざして日々努力します!!
Posted by 雪・月・花 at 2006年05月12日 07:12
昨日の夜、旦那から彼の事を聞かされ・・・頭が真っ白になりました。
本当に信じられなくて、職場に出勤した私は、このページにて事実を確認し、彼の思い出が頭を埋め尽くしたとき、涙があふれ出し仕事中に必死でこらえていました。

何とも言葉だけでは言い表せない気持ちで、いっぱいです・・・・これ以上かけません・・・・

今日は帰ったら彼の司会をしてくれたビデオを思い出に浸りながら見たいと思います。

貴方は私たちの誇りです。ありがとうございました。

安謝んちゅぅの後輩でした。
Posted by くみちん at 2006年05月12日 16:53
初めましてDさん。未だに茂さんの声がこれからは聴けない現実が信じられません。自分にラジオの楽しさ、そしていかなる状況でも仕事に対しての向き合い方をを教えてくれた茂さんの「おもしろい番組作ろうなー」の口癖をいつまでも忘れずにいて下さい。本当に残念です。
Posted by ロッカビリティ2 at 2006年05月14日 03:47
 
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